私が経営上のモットーとしているのは「堅く、細く、永く」です。
= 規模を拡大せず、目の届く範囲で、手堅い経営を行い、会社を永く続ける。
これは父のインタビュー(創業の精神)のなかにあった、
「だから、あんまり大きくもなれずに(笑)、ずーっとボチボチ、細く長く来たわけですね。ジワジワと。」
からきています。
創業間もない頃の図面を引いている父の写真
ちなみに「創業の精神」はこちらです。
「https://www.sanyu-k.jp/company/interview/」
一部抜粋
私もずっと無借金経営をしてきて、“借金までして仕事をするな”と思っていました。振り返って良かったと思うのは、バブルの時には銀行から借金して土地を買ったという人も多くて、私のところにもそういう話がありましたが、私はやらなかった。儲かった時は良かったかもしれませんが、高く売るつもりの土地が安くなって、それで倒産した会社もありましたよ。それだけは私もツイていたというかね。会社が厳しい時期もありましたけど、大きい、危ない仕事に手を出しませんでした。議員さんを使って仕事を取ってもらって、大きくなった会社もあります。しかしそれで成功したものよりも失敗した方が多いと思うんです。その点私は、議員さんに頭を下げて、仕事をもらって、お礼をしたり…。そういうことはしませんでした。だから、あんまり大きくもなれずに(笑)、ずーっとボチボチ、細く長く来たわけですね。ジワジワと。
父は、“借金までして仕事をするな”、
「デキモンは大きくなっとつぶれる」
「だから会社は大きくせんでよか」とも常々言っておりました。
父の経営に対する考え方を学んだエピソード。
バブル景気は私が三友工務店に入社した辺りから始まりました。
世の中がバブル景気に沸いた頃、建設業者も不動産や金融資産など、色々なものに手を出し会社を大きくしました。
先の「創業の精神」の中でも父が語っておりますが、
当社にも土地や建物にまつわる色々なお誘いがあったようですが、
父は乗りませんでした。
一時は流れに乗り莫大な利益を出した会社もありましたが、
バブル崩壊と共に倒産の憂き目に遭った会社も多かったです。
その間、当社は変わらず建築一筋に地道な営業を続けておりました。
お陰で会社は大きくなりませんでしたが、バブル崩壊後も安定した経営を続ける事が出来ました。
バブル景気も末期を迎える頃に起こった重大な出来事を思い出す度に、
父が堅い経営をしていてくれたことに感謝しています。
それは会社の存続に関わるような重大な危機でした。
私が入社して間もない平成2年に起きました。
次号に続きます